「セガハードの父」佐藤秀樹氏、75歳で逝去
SG-1000からドリームキャストまで、セガ家庭用機の全盛と終焉を支える
セガの家庭用ゲーム機開発を長年牽引し、「セガハードの父」として知られた佐藤秀樹(さとう ひでき)氏が、2026年2月13日に死去した。75歳だった。
佐藤氏は1971年、東京都立工業短期大学(現・首都大学東京)卒業後、セガの開発部門に入社。以降、セガの家庭用ハード事業の黎明期から終焉までを一手に担い続けた。
■ セガ家庭用機の礎を築く
佐藤氏が関わった主なハードウェアは以下の通り:
- PONG-TRON(1973年):日本初の国産家庭用ゲーム機
- SG-1000/SC-3000(1983年):セガ初の家庭用コンソール。SC-3000は「初心者向けパソコン」として開発され、当時街機専門だったセガにとって「まったく未知の挑戦だった」と後に語っている
- Master System
- Mega Drive
- SEGA Saturn
- Dreamcast
特にSG-1000は、任天堂のファミリーコンピュータ(FC)と同時期に発売されたにもかかわらず、初年度16万台を売り上げ(目標は5万台)、商業的に窮地に陥っていたセガに新たな活路を開いた。
■ 「街機の体験をリビングへ」
Mega Drive開発時には、すでに街機で16ビットCPUが使われていたことから、「家庭でも最先端を届けたい」というチームの信念のもと、国内初の16ビット家庭用機として設計された。
外装には高級オーディオを意識し、黒い本体に金文字を採用。「あの金の印刷は本当に高かった。でも、“これが世界初の16ビット家庭用機だ”と伝えたかった」と当時を振り返っている。
■ ドリームキャストへの思いと無念
セガ最後の自社ハードとなったドリームキャストについては、「本当はキューブ型にしたかった。あと、コントローラーは絶対にワイヤレスにしたかった。あの長いコードは本当に鬱陶しかった」と語っていたという。
しかし2001年にセガはハード事業からの撤退を表明し、2003年にサミーとの経営統合を経て完全にソフトメーカーへ転身。佐藤氏も同年に社長を辞任し、2008年にセガを退社した。
彼のキャリアは、まさに「セガが街機から家庭へ進出し、そして再び街機とソフトに戻る」という40年近い歴史そのものだった。